ホーム > 1.艶金化学繊維について > 1.3.“艶金”の語源について、ご紹介をいたします
明治の初期になると、尾州(愛知県一宮市付近)の綿織物が非常に盛大になり、天下に名声を博していた。
その綿織物、または絹綿交織物を石の上で砧打ち(きぬたうち)を行なうが、これを艶出しといった。
直径60cm位の花崗岩の上部を碁石のごとく中高に丸く磨きあげられた石の上に一幅の織物の畳んだものを乗せて、左手で反物の端を持ち、右手に樫製の木槌を持ち、二人の職人が差し向いで唄に合わせて拍子をとり交互に織物を打って万遍なく平均に艶を出す仕事でキラ打ちともいった。
この艶出しを業とする物を「艶屋」といった。
艶金の創業者である墨宇吉は、通称 金兵衛といわれ、艶屋の金兵衛で艶金と名づけられた。
これが艶金の発祥となった。